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自分の毎日、未来に「ワクワク♪」「楽しい♪」を増やそう! フェルデンクライス・メソッドからの動きやからだを通した、ライフスタイルへのアプローチの日々、と言いつつ、最近はトレイルラン・ランとフェルデンクライスな日々。
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フェルデンクライス的ランニング本:第11章と勘違い・・・
Running with the Whole Bodyもようやく最終章、第11章に辿り着き、読み進めているところ。
(この前の章のことはまた別に書きますね。)
それぞれの章で、簡単にその章でのポイント、実際のレッスン、事例、と言う流れで、今日はその事例のところを読み進めていると・・・

筆者のランニングクラスに参加している生徒が、
「私が走る時にしようとした全てのことは、なにか、外から無理強いされているようだった。
そして、私はそれがほんっとうに、好きではない。
他の人々のためにしているようだ。
彼らのやり方で走っているようだ。」
(あくまでも、私レベルの訳ですが・・・。)
と言っている!

ここまで訳して、
「あれ、あれ、あれ~!こういう風にフェルデンクライスはやらないよー!
どんなことをこの筆者はしちゃったのかしら
と焦る・・・。

でもその後にその生徒が言ったことは、
「この方法は、あなたが教えた方法は、全く反対だ。
そして、どういう訳か、走りに大きな違いを作り出す。」

ほっ・・・。
勘違い

指導者は、生徒の持っているものを引き出すだけ。
押し付けるでもなく、無理強いするでもなく。
時間はかかるかもしれないし、かからないかもしれない。
それを探していくことが学びであり、そこが重要。

その人その人にあったものを本人が探して、見つけて、自分のものにしていく。

でも、だからと言って、他の指導法を否定する訳ではなく、その教えられたようにできるからだ作りをしていくのもフェルデンクライスはできる。
「からだ作り」ということばは適切ではないかな?

「こういう風に動きなさい。」と指導される。
頭では分かる。分かってるつもり、かもしれないけど。
でも、どうやったらそうできるの?

それがずぅーーーーっと、分からなかった。
そんなことだらけの20何年間か。
まだ分からないことあるけど、でも、分かり始めたことも多くなってきたここ何年間か。

その部分にアプローチできるのは、私にとっては、フェルデンクライスなのだなぁ、と改めて思った今日。


そして、ハセツネ無事優先エントリー完了
今年も奥多摩、山の中71.5km、ひたひた進みます。
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