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自分の毎日、未来に「ワクワク♪」「楽しい♪」を増やそう! フェルデンクライス・メソッドからの動きやからだを通した、ライフスタイルへのアプローチの日々、と言いつつ、最近はトレイルラン・ランとフェルデンクライスな日々。
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椿山荘にて
昨日は、椿山荘で学生の頃からの友達の結婚式

久しぶりに、卒業式ぶり?10年ぶりくらい?に会った友達とも、
「久しぶり~」と言いつつ、時間が戻る、戻る・・・。
これくらいぶりに会ったのに、すんなりお互い分かってしまうのは・・・どうなんだろう

友達の新婦はきれいで、幸せそうで、良かったぁ~
すごくほっとした。

先輩には、「この辺り、名前変わってないけど、いいの?」と突っ込まれ
出会えたこと、今日の日を迎えることができたこと、
気づけば、「すごい」ばかり言っていた・・・。

そして二次会?同窓会に。
ああ、いい時間をいい仲間と過ごしてきなぁと実感。

もう少し?充電します。



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船橋にて
学生の頃は、試合の時によく乗り換えで使っていた船橋で、
養護学校の実習の後、飲んでて、お金が足りなくなって、帰れなくなりそうになった船橋で、
先生のお葬式の帰りに通って、「随分変わったなぁ~。」と思った船橋で、

約1週間ほど前、学生の頃からの友達と会った。

いつぶり?
そんなに時間は経ってないよね~。
どこ行く?

4人でわらわらと飲む。
途中でもうひとりきて、再開。

やっぱり学生の頃の友達といるのはラクで、心地よくて・・・。
見栄もプライドもなく、かっこつける訳でもなく、男も女もなく、
話してるうちにどんどん時間が経っていく。

「子供いたらなー、やりたいことできないよ。」
「もういいよ~。そうなったら、子育てするしかないよね。」

「もう30かぁ・・・。」
「そう言ってるうちにすぐ40だよ。」
「その頃には、うちの子が・・・とか言ってたいよ~。」
そうねぇ。

パパでも、ママでなくとも、時間の流れを感じつつも変わらないなぁ。
もう40かぁ・・・って言いながらまた一緒に時間を過ごせるといいな

その時も船橋で?
ないものねだり
ここのところ、海の底を時間に流されてやわやわ漂っていた。

この人に何を求めても無駄だな、ということがようやく分かった。
ないものねだり、だな。

人との関わりの中では、お互いに求めて、求められて、ということがある。
好きな人であれば、傍にいてくれることを求めるかもしれないし、
嫌いな人であれば、自分に関わらないことを求めるかもしれない。

つまり、何も求めない、ということは、関わりが全くない、ということ。
関わりがない人には求めようがない。

このことを話しても、伝わらない。
「何も求めているものはない。」
この人は、たんたんと人と生きていくんだろうな。
自分の中で何でも解決しちゃうんだろうな。

友達が離婚を決めた時に、
「お互い相手にないものを求めてるから、それなら、お互い自分の求めてるものを与えてくれる人といた方がいい。」
と言ってたことの意味が、やっと分かった。

今の私の状況は、この友達とは全く違うけど、
相手の中に、「求める」ということすら存在しない。
一方的に、関わりを切られてる感じ。

こういう人に何を求めるのか?
求めても疲れるだけだし、自分は今までそういう疲れること、ないものねだりばっかりしてきた、
ってことに気づいた。

この人は、こういう人だから、ここも自分が認めて関わっていかないと、関わっていけないな、
と思って関わってきた。
けど・・・その結果も含めて、今。

ないものねだりは、
疲れる、疲れたし、
求めてるものが手に入るわけではないので、

やめます。

仕事では、自分が泳ぐ場所を間違えてる気がしてきた。
海の底は底でも、違う海に行かなければ、自分のやりたいことはできないのでは?

今いるところで何ができるか?
そればかり考えてていいのか?

ただ・・・
今は、からだもこころもエネルギー不足なので、もうちょっと充電してから。
どこかでふっと上昇できるところがあるから。

私は、ここでは終わらない。




FIづくし・・・
日曜日に、1日中、ほぼ1日中、FI(個人)レッスンをしたり、されたり。
FIづくし・・・。
ティチャーズコースでも、いや、では、やらなかったくらいの量

その中でのテーマ
タッチをはっきりさせること。
 柔らかな手のままで、でも、はっきりと支えられてる、と相手に感じられるように触れること。
反発を使うこと
 人は重力に対抗している。これを使う。(うーん、うまく言えない



昨日、今日は眠いネムイ

日曜日、学び過ぎたみたい
7月のグループレッスンのお知らせ
梅雨明けの待ち遠しい季節になりました

7月は2回レッスンを行います。
日時:7月14日(月)、28日(月) 14:00~16:00
会場:都営新宿線曙橋駅より、徒歩5分
  コチラ↓より会場をご確認ください。
    http://www.karagoda.com-a.googlepages.com/what%27sit%3F2
持ち物:ハンドタオル、動きやすい服装、楽しむ・ワクワクする心
料金:1回につき¥2,000-
    学生さん、初めての方¥1,000-
    (5月より変更させていただきました。)            

お申し込み、お問い合わせ:
       右側の「メールはこちらから・・・」より、お問い合わせもお気軽にどうぞ。
       お申し込みの方は、
       ①参加日 ②お名前 ③電話番号 ④メールアドレスをお知らせください。
       また、興味のあること、気になる動き、症状などある方は一緒にお知らせくださいね。

ちなみに・・・:お申し込みは、できるだけ前日までにお願いいたします。
         が当日のご参加も歓迎です
         直接会場にお越しください。
         思い立ったら吉日、お試しくださいませ       

興味のある方、初めての方も経験ありの方も・・・ぜひお越しください

ダイエットは永遠のテーマ?
昨日から、ダイエット講座がスタートした。
保健師さん、栄養士さんと一緒に進めるもの。

何だかんだ講座前に考えていると、次々に疑問や不満?が湧き出てきた。
で、それをその場にいた仲間にも話してみる。

ダイエットって永遠のテーマ?
何でダイエットしようと思う人が減らないのか?
次から次にダイエット商品も出てるのに、何でから次へとダイエットする人(本当に必要かは別として)がいるのか?

これって、社会の仕組みじゃない?
いくら、ダイエットとかメタボ予防、とか言ってみても、この社会。
「運動が必要」とは言っても、朝から夜まで働いて、疲れて、そんなからだや気持ちで「運動」する気になれる?
少しでもからだを動かす工夫くらいかな?
ほんとに世の中、メタボ予防とか言うなら、仕事を強制的に区切らせて、気持ちやからだに余裕を持たせて、食事をとったり、運動したりする時間を作るとかせねば、じゃない?
自分ひとりでできることなんて、この窮屈な枠の中では、たかが知れてない?

それ以前に、この社会がメタボや肥満を生み出してるのに、それを解消・・・とか言ってる
オカシイ・・・。
だったら、根本を変えようじゃないか。

みんな、ダイエットに対する知識は持っていると思うんだ。
ただ、それをどう自分が実行していくか、の部分のアプローチや、動機付けをむしろおこなわないといけないんじゃない?
ま、それには、社会の仕組みも関係してくるけれども。

でも、動機付けの部分で、人の「心」なんて目に見えない、形のない、複雑なものだと思うのだ。
そんな「心」を扱うのは、簡単なことじゃない。

その部分は、フェルデンクライスが有効だと思うんだ。
「心」にからだからアプローチをしていく。

孫嫁応援団から広がった「可能性をひらく」こと
陸上日本選手権に行ってから1週間。
今日は、レギュラーの高齢者向けの筋力トレーニグのクラスがあり、
その時の日記でも書いた、お孫さんのお嫁さんが日本選手権に出場されていて、
見事オリンピック出場が決まったという方がいらしている。

そのクラスの事業は、区内のいろいろなところで行われており、「健康づくり応援団」ということで、
「サポーター」さん、という、「運動指導」に関する地域ボランティアの方にもお手伝いいただいている。

そのサポーターさんからの提案で、「孫嫁応援団」として、
このクラスに参加されてる方から、Tシャツにメッセージを書いて、お孫さんのお嫁さんに送ろうとなり、クラスの合間に実施

もちろん・・・私も書かせていただいた

おばあさん(オリンピックに参加される方から見て)のお話を聞いていると、
どうも、家族の支えが大きな大きな、力になっているみたい
家族ができて、そこから得られている力が大きいよう。

なるほど・・・この方の可能性をぐっと開いたのは、家族、だったんだなぁ。

人には、たっくさーーーーーーんの可能性が詰まっていると思うのだ
みんな、みんな、みんなに
私もそうだ。
こんなもんじゃないよと思ってる。

可能性を開くスイッチが、からだや心のどこかにある。
からだのある部分や、動き、心のどこか・・・感情や思考とかとか・・・。
1箇所じゃないと思う。
どれくらいあるかは分からないけど、自分の中のどこかに、どこかにあるのだ。

それはどこにあるのか?・・・どこかな?

そして、そのスイッチが押されて、スイッチオンとなる時がある。
スイッチを押すのは、人との出会いかもしれないし、ちょっとした一言、思いつき、動き、感覚・・・かもしれない。

何によってスイッチがオンになるのか?
それはいつか?
オンになったことに気づくのか?

そして・・・どんな可能性が開かれるのか?

ここでのポイントは、
可能性は、自分の中にあるということ。

誰かにポン、と与えられるものではないのだ。
どんな可能性があるのか?
その可能性が開かれれば、もっと楽しい、明るい毎日があるはず

でも、その可能性を知らずに、開かずに生きている人が多いんじゃないかな?
今の状況に満足することも必要だけど、「私はこんなもんかぁ~。」と思って、可能性の存在にすら気づいてなに人が多いんじゃないかな?
(んモーシェ(フェルデンクライス博士)っぽいぞ

「可能性」と言っても、大きなものから小さなものまで、さまざまだと思うけど、
私は、フェルデンクライス・メソッドを使って、

その人の持っている可能性をひらく

これをしたいのだ

で、フェルデンクライスをやってきて、私にどんな可能性がひらかれてきたのか?
これは重要、ですな
人にしたい、というなら、まずは自分で
これは長くなったので、(過去にも書いていますが)また改めて
また・・・
赤いお茶を買ってしまった
7/1から値上げです、と書かれていて、お気に入りを最近まとめ買いしたばかりなのに・・・。

でも、今日は、今までに見たことのない種類のものを発見
ついつい

赤いお茶、は、ハイビスカスとか、ローズヒップとかが入っているハーブティで、
私が持ち歩いている蓋つきマグカップ?とか、ナルゲンには、いつも赤いお茶、が入ってる。

ナルゲンはすごい
熱湯を入れても食器洗い機も
大きさもいくつかあって、カラフル

そして赤いお茶、落ち着くのだ

何種類もあって、好き嫌いも多少あるけど、
味の違いも分かるけど、赤いお茶、なら大体なんでもいい

以前に、「プロテインですか?」と聞かれたことがあって、
「あはははは~私はそう見えてるのかぁ~。」と思って、おもしろかった
「紅茶かと思ってた。」ってまた別の人に言われた時は、ちょっとむっとした
何で知らないのぉ~と思って。

新商品でも買わないときは、買わない。
いろんな人がいて、いろんな風に見られていて、
それも自分の思ってる自分とは全く違う風に自分を見られていて、
自分から見ても、まわりから見ても、いろんな自分がいる。
けやき広場で
午前のさいたま新都心でのレッスンで、質問がチラホラ・・・。

「ここは、動いていますか?」って私が言うと、動かさなきゃいけない?と思われるそう。
なるほど・・・。
そこを動かしてするやり方も、動かさないでするやり方もある訳で、
今、自分はどんなやり方をしてるのか?知ることが大事です。

その前にまずは、ラク~に動けてるか、で、
そして、からだの動いているところを感じて、
どんな風に動いてるか感じて、という段階を、と思ったけど・・・
ことば選びが必要だな

さいたま新都心の駅周辺はオフィス街で、ちょうどお昼時
背の高い木が植えてある、緑が気持ちいいけやき広場にいると、
ビルから、スーツを着た人や、OLさんっぽい人がわらわらと出てきて、
う~ん、私は働いたことのないところだなぁ、思って見てると、
レストランフロアに吸い込まれていく。

いつも見慣れた景色だからかもしれないけど、みんな緑には目もくれず、
レストランフロアへ・・・。

おなかすいてるんだな~
でも、誰かが「木の陰は涼しいね」とか、「今日も木が茂ってるね」とか、
言えば、気に留めるのかも知れない。

レッスン中にからだで起きていることも同じ。
私が、「わき腹は動いていますか?」と言えば、「ああ動いている」とか、
「わき腹よりもここが動いてるかなぁ?」とか気づくんじゃないかな?

そう言わなければ、レッスンに慣れるまではなかなか気づかないと思う。
でも、だんだーん、気づきが増えてくると・・・
もっとからだも心も心地よくなって
日常での動きも変わるよ



つながる、つなげる
今日は、少し時間をもらって、以前に習ったFI(個人)レッスンの確認をさせてもらう。

座ったところから始めるから、脚長い人用のイス?に座ってもらって、
頭からアプローチ。
頭や背中だけでなく、骨盤の動きもイメージして・・・

今度は、あおむけで、足からアプローチ。
もう何度も体験してる人なので、タッチの感じとか、触れてる場所とかも聞いてみる。

立って歩いているのを見て・・・10cmくらい背が高くなってる

「(脚と胴体が)つながった」って。

その感覚、なかなかみんな分からないのかもな~。
でも、以前に頭からだけのアプローチで終わりにした時とは違う、ってことだよね

フェルデンクライスの他のものとの大きな違いは、からだの協力体制を作って、
からだを無理なく機能させることだと思う。
それを「つなげる」とか、「つながる」とか私は言う。
からだ、という部分に絞って言うと。

でも・・・それだけにこだわりすぎたりすることもないし、こだわりすぎると、良くないとも思う。
からだの部分の変化に目が行かなくなりそうだな。
レッスンを受けて、どこかがラクになったりして、笑顔の花が咲けば・・・それも良しだな。
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