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自分の毎日、未来に「ワクワク♪」「楽しい♪」を増やそう! フェルデンクライス・メソッドからの動きやからだを通した、ライフスタイルへのアプローチの日々、と言いつつ、最近はトレイルラン・ランとフェルデンクライスな日々。
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左右対象に整える
フェルデンクライス・メソッドに出会う前、
職場でのウエイト・トレーニング大会に向けて、せっせとトレーニングしてた時のこと。

どう見ても、どうしても、自分のからだがよじれてる!
からだが、右か左か忘れてしまったけど、もうそれが気になって、気になって・・・
それをあーだこうーだ、ストレッチして、筋トレして、整えて、
それをしてるだけで時間が過ぎていく。
そして、毎回またほぼ元に戻ってて、それを繰り返す・・・。

疲れました

トレーニング進まないし、
何よりも、「私のやってることって正しい(必要なこと、効果的なこと)じゃない!?」、
そんな不安があり、
「こんなことを指導して良いの?」と思ってみたり。
「なーんかもっとシンプルに、効果的に整えられるもの、ないの?」と思ったり。

それがフェルデンクライス・メソッド、だった訳です。
シンプル!
あれこれ考えるのではなく、無理なく、動いて、整えられるのか!
画期的!

が、「左右対称に整える」ってこと、ほんとに必要?
と新たな疑問が・・・。

人のからだは、左右対称な方がパフォーマンスは良い。
痛みや、疲れを考えても、負担が少ない。
みんな思ってることだと思う。
確かにそれはそうだと思う。
体験からしても。

けれども、だよ。
「人は、バランスを崩しながら動いてる。」
これも事実。
バランスが崩れなければ、動けない、静止。
バランスを崩しながら、その中でバランスを取りながら動いてる。

そして、競技特性によっては、左右対称であることが難しい場合も多い。
左右対称であることがかえってパフォーマンスを下げることもあるのでは?

両手打ち、両手投げの野球選手、テニス選手、
同じ方向にまわり続ける競輪選手、トラック競技の選手、などなど。

人によっては、左右対称出ない方もいる。
片腕を、片脚を失ってしまった方、片方の手でないと文字書けない、人(ほとんだ、だね。)

フェルデンクライス・メソッドでは、左右対称に整えることにはこだわらない、です。
と、言いきれないか
それが必要であればそうするけれども、
そうあることは必須ではない。

少し話それますが、私、背骨に生理的湾曲がない・・・。
でも、肩こり・腰痛なし。
「もう少しこうなれば・・・。」とは思うけど、それはこれからのチャレンジ。
「まだまだ学び続けなさい。」というメッセージだね

じゃ、何が大事かと言うと、「持っている今のものを生かすこと」
その中で、取り組んでいくこと。
その時に・・・「無理なく、やりたいことができること」
そして、「動きや環境、社会に自分を無理なく適応させていくこと」
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なぜ「こんなときこそフェルデンクライス」なのか?
今まで、書こうと思ったこともありました。
でも、ためらって書きませんでした。
そんなことが、今、書けるかな、と思いました。
こんなとき、であり、自分の中でもまとまりつつある段階になってきました。
(と思ったのは、始めだけ???)

「こんなときだからこそ・・・」
元気でいよう!
ひとつになろう!
声をかけあおう!

「こんなときだからこそ」フェルデンクライス。
フェルデンクライス・メソッドについては、ブログを始めたばかりの時に、こちらにも書きました。

それからいろんなことを聞き、考え、思い、気づき、体験してまた自分の中でいろんなものが出てきました。
このメソッドを作ったモーシェ・フェルデンクライス博士は、物理学者であり、サッカーにより膝をけがしました。
当時の外科的な技術では、治療のしようがない、よって彼は自分でそのけがを治すべく試行錯誤していく段階でこのメソッドを作り上げていきました。

これ、一般的にも(このメソッドが一般的かどうかは別として)知られていること。
それは間違いないのだろうけれども、モーシェの生きた時代、生きた環境を考えてみて、
フェルデンクライス仲間と話していたこと、聞いたこと、考えたことを少し。
あくまでも、私のことばです。私のことばで書きます。

モーシェは、パレスチナに移住したり、フランスに住んだり、イギリスに住んだり。
イスラエルでは、戦争が起こっていて、毎日、たくさんの兵士や人がけがをし、亡くなっていく。
そんな時代の中で、このメソッドは、戦争で戦う兵士にも用いられていた、とか。

そんな不安定な時代でも、国にいても、生きていかねばならない。
母国を離れ、他国に行って、文化や習慣の違いに戸惑っても、母国を思っても、生きていかねばならない。

では、どうやって生きていくのか?

時代や戦争、国を憎んでも、変わることを望んでも、何が変わるのか?変えられるのか?
変わらない、変えられない・・・?
変えられるのは自分。

「自分をいかに今の状況に合わせて、無理なく生きていくのか。」

そんな時代背景で生まれてきたメソッドでもあります。
それを、「からだを動かす」ということからアプローチしているのが、
フェルデンクライス・メソッド、でもあると思うのです。

レッスンを提供する側が、受ける側に、「こういう動きをしてください。」と伝える。
受ける側は、「無理なく」その動きをする。
自分の環境が、「こんな環境だ。じゃぁ、どうやって自分をその環境に適応させていくか。」

「動き」から入り、「いかに無理なく動くのか」をして、「無理なく心地よく動く」ことによって、
「自分がどう動いているのか、どこが動いているのか」に「気づく」
そして、「自分に合った、スポーツなどに合った無理のない動き、からだの使い方」をできるようになる。
よって、「痛みから解放されたり、動きがスムーズになったり、スポーツでのパフォーマンスが向上」する。
(一部、レッスンの進め方、伝え方で含まれないこともあるかと思います。)

これを生きることに合わせて考えてみると・・・
「自分に合った、時代や環境に合った無理のない生き方」をできるようにし、
「苦しみから解放されたり、考え方などが良くなり、生きる上での生活の質が向上」する。

ちょっと、まとまってないかっ

でもまぁ、「動き」から入って、「生きる」ということにもアプローチしていると思うのです。
「なぜ動きから?」ということは、フェルデンクライス身体訓練法に書いてあったかと。
今回は省きます・・・。

東日本大震災が起こり、被災地は大変な状況に変わりはありません。
報道されている以上に大変なことが起こっていると思います。
被災地、被災された方々は、そのことのみならず、そのことから、さまざまな影響を受けられていると思います。

また、被災されてない方も、心を痛めている方は多くいらっしゃると思います。
ご自分の震災の体験を思い出してつらい方、テレビの映像からのショックで体調を崩している方、
家族が、親類が被災された方、被災地にいないにもかかわらず、赤ちゃんに必要なものが手に入らない方、
震災の影響で、仕事が減ってしまった方、などなど。

でも、生きていくしかないのです。
今の状況を嘆くのも、憎むのも、悲しむのも必要だと思います。
そんな過程も経て、生きていきましょう。
では、どう生きていくか、だと思うのです。

そんな時に、このフェルデンクライス的考えは使えるのかな、と思ったりしてます。

「今すぐなんとか!」そんな力はフェルデンクライス・メソッドにはないかもしれませんが、
少しずつ、ね。
さまざまな分野の専門家の方々が「今」を「日本」を支えるべく活躍されています。
自分に何ができるのか?
フェルデンクライス・メソッドを伝える立場の人間としては、これを伝えていくことかな。

レッスン、また再開します。
市ヶ谷燕スタジオ
・4/4(月)19:30~20:45
・4/13(水)19:30~20:45
詳しくはこちらをご覧ください。
走ること、姿勢つくりに興味のない方にも対応する内容です。
お気軽にどうぞ。

また、「フェルデンクライス」でインターネットで検索すると、いくつものレッスンを見つけられます。
動画なども見つけられます。
こちらもぜひ活用していただければと思います。
学習
「心をひらく体のレッスン」、この本は、モーシェ・フェルデンクライス博士のレッスンをほぼそのまま文章にしたような本です。
そのため、レッスンでの動きの指示、説明したこと、モーシェの考えなどが混ざって書かれてます。
その分、ちょっと長く感じるかな、1つ1つのレッスンが
その中に書かれていたことば。

「学習というものは、自分にできることを別のやり方でもできるようになり、
選択の幅が広がるようになる過程であると言えます。
違いが重要です。
そうでなければ、選択の余地はありません。」

フェルデンクライスのレッスンでは、こういうこともします。
心地よく動けること、大事。
その時、自分がどう動いているのか、知ること、大事。
その動き、再現できること、大事。
さらに、違う方法でもできるようになること。
動きを区別できるようになること。

そうすると・・・選択すること、ができるようになります。

例えば、京都に行きたい。
どうやって行くか。
費用は?時間は?自分に最適な行き方は?
そう考えた時、新幹線でしか行く方法が思いつかないと、新幹線でしか行けない。
朝早くの予定があって、間に合わないときはどうする?
でも、深夜バスでも行ける、という選択肢もあれば、それを選ぶこともできる。

こんなことです・・・って通じるかな?

痛みが出る動きも、同じ。
もちろん、筋肉とか、関節とか、そういうことが原因の場合もあります。
それで対応するしかない場合も。

でも、そういう痛みの出る動きの選択肢しか自分の中にないから、ということもあるのです。
残念ながら・・・。
ちょっと角度を変える、動かし始めるところを変える、他の部分をうまく使うなどなど。

そんなことー?それで改善できるのー?
うん、そうできる可能性、ありますね。

という訳で、フェルデンクライスのレッスンでは、
「こんな風に動いてみましょう。」ということはありますが、
ある動きについて、その人その人が無理なく動ける動き方を探しますが、
最終的には?「あの人のやり方でも、この人のやり方でもこの動きができる。」ということまでできるといいな。

と思います。
なので、なにが良くてなにが悪いか。
こうなったのは良いのか悪いのか。
それは・・・そう思う気持ちは分かるのですが、どれ無理なくできる、だな、と思うのです。

レッスン、お気軽にどうぞ♪

2/28:燕スタジオ
3/5:タイワハウス
違い
ときどき?「フェルデンクライスって、ピラティスみたいなの?どう違うの?」などと、言われることがある。

「フェルデンクライスと他のボディワーク系のものと、決定的に違うところはなんだろう?」
と考えては、答えの出ぬまま、忘れていっていた

昨日、仲間に、「フェルデンクライス、おしえて!」と言われた。
その「フェルデンクライス」ということばを覚えていてくれただけでもうれしい♪

でも・・・「おしえる」ものかな?と考えた。
おしえてできること?

いや、レッスンの中で、自分で見つけていくものだな。
1回じゃ変わりにくいかもしれないし、他の場面で利用できないかもしれない。
でも、「どうすればラクにできるか?」「どうすれば自分に合ったものができるのか?」
そういうことを考えながらしていければ、きっとオリジナルな、自分にカスタマイズされたもの(動きなど)が見つかるはず。

あ、そういうことだな。

「自分で自分に合ったものを見つけていく」

これが、他のボディワーク系のものとは違うところ。
前から仲間はそう言っていた。
その意味が今、分かった
共通点
最近は圧倒的に?走ったことの記事が多くて、このカテゴリは久しぶりだなぁ
ま、想いがことばにならず、あるいはまとまらず、ブログ自体がお久しぶりだったけど

今日は、用事を済ませてから、を訳してた。
これを訳さねば、資料もそろそろ作り始めねば・・・とちょっぴりだけ、焦ってきた
そう、ちょっぴりだけね、ちょっぴりだけ、ちょっぴり、だけぇ・・・?

そして前から気づいてたことを思い出した。
ぱっと見たり聞いたりしたところ、あるいは実際にやってみたろころ、
フェルデンクライスのATMレッスンには、いわゆる「危険な動き」がある。
運動指導の場では、「危険だから」とやらない動き。
怪我をしやすかったり、負担が大きくなりやすかったりするもの。

でも、それはフェルデンクライス的には危険じゃないのだ。
というか、危険じゃないように、する。

どうやったら、無理なくできるか?

これを考えてする。
または、無理ない範囲でする。

なーんだ、トレイルランと一緒じゃーん
(他のものでもいいけど

はっきり言ってトレイルランなんて、危険だし、
何で敢えて走らなきゃならないんの、そこを、と思う方もいるだろう。
でも、そこは危険じゃないようにする、のだ。
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